ツールド妻有(Tour de tsumari)とは

 ツール・ド・妻有とは、2006年の第3回大地の芸術祭において建築家の伊藤嘉朗氏(いとう よしあき)が自転車による移動そのものを作品のテーマとした芸術作品として企画発案し、地元十日町市サイクリング協会と鉢集落などが計画段階から伊藤氏と協働し開催したサイクリングイベントが発端である。 

 伊藤氏と「大地の芸術祭」とのかかわりは、第1回目の芸術祭に遡り、本業の建築家として十日町市内のある地区に「小さな家-聞き忘れのないように」という建築作品を制作発表したことから始まった。それが縁となり次第に自身の趣味である自転車競技の舞台としての妻有の魅力に気づき、自転車媒介にした作品を製作発表したいという気持ちが強くなっていった。
 そして前述のように地元住民とのワークショップなど着々と準備を重ね、2006年第3回の芸術祭では50日ほどの芸術祭期間中に全6回にわたる「ツール・ド・妻有 2006」をアート作品として企画発表(開催)した。イベントそのものが芸術祭作品というだけに、それぞれのステージのコースマップの形と標高差を立体的なオブジェとしてかたどった作品を制作、山間部に点在する他のアート作品をバックに走る自転車の映像を芸術祭拠点施設で映写・展示したりと、当初はアート性という面も強く持ちあわせていた。
 また企画初期の段階ではツール・ド・フランスのような本格的ステージレースとしての競技性を取り入れた計画だったが、様々な要因から止む無く断念し、6つのステージに分けたサイクリングツアー形式のイベントとして実施されたという経緯があった。しかしながら起伏にとんだ里山に点在するアート作品を巡る走り応えのあるコースは、建築やアートに関心のある自転車愛好家ばかりではなく、地元自転車愛好家からも評判を呼び、継続を期待する声が聞かれた。その折、当初はレースとして計画されたことから、勝者に与えられる黄色いジャージ、マイヨジョーヌ伊藤氏とともに立沢トオル氏(Bold.inc)Bonzaipaintなどが企画製作し、伊藤氏が走行中にそれを着用、以後ツールド妻有のシンボルとなった経緯がある。その時作った数量限定の数少ないイエロージャージの背中には、古風な稲刈りの様子が描かれ、米粒や稲作をモチーフにしたデザインがちりばめられていたもので、今となってはプレミア物となっている。その後も伊藤氏と地元の交流は続き、小規模ながら翌年も行事は継続した。

 2007年となり、第3回以降も芸術祭は3年毎に継続開催されるという構想が持ち上がったことから、2008年には伊藤嘉朗氏と共に十日町市サイクリング協会と地元自転車愛好グループを加えた人たちが、芸術祭の合間に行われる芸術祭・大地の祭りに合わせ、よりスポーツ性を加味した「Tour de tsumari 2008」を開催「太ももに溜まる乳酸の感覚を共有することで生まれるコミュニケーション!」というキャッチコピーと、コース延長およそ110Km、累計標高差2000mを優に超えるハードな設定が関心を呼び、定員を上回る112名がエントリー。厳しい標高差にあえぎつつもおよそ100名が完走、起伏に富んだ里山と棚田を巡るコースの魅力と手作り感あふれる運営が評判となった。ちなみに標高差2000mとは、あのMt.富士ヒルクライムや乗鞍ヒルクライムをはるかに凌ぐ標高差である。

 2009年は「大地の芸術祭」開催年であったことから、同祭の公式作品行事として更に内容を充実。前回までの設定を基本にスポーツ性・アート性と共に、より地域に密着した大会に衣替えした。これによりこれまでにない規模にまで拡大、参加者も550名を越え、その全員がイベントテーマカラーである黄色いお揃いの公式ジャージを身にまとい、120kmの起伏に富んだ里山を駆け抜けるというスタイル。集まった100名以上の支援ボランティアも黄色いTシャツ、案内看板や旗まで黄色に統一するという前代未聞のアートサイクルイベントは自転車愛好家以外の各方面から注目された。

 こうした参加者からの支持を集める要因として、妻有の素朴な風物と里山の魅力がある。それと共に、コース全域には特に標高差のある山越えはないものの、最初から最後まで繰り返されるアップダウンの累計が2000mを優に越えるという厳しさが、挑戦意欲を掻き立てる要因の1つでもある。また「ツール・ド・妻有」はもともと単なるアート作品自転車イベントという性格の他に、大地の芸術祭のコンセプトでもある「現代アートによる地域おこし」という側面を併せ持っている。こうしたことが普段訪れる人も少ない高齢化が顕著な山間沿道集落総出の心温まる声援につながり、そこで参加者に提供される飲食がコシヒカリおにぎりや、住民から提供される旬の自家製野菜であったりという、地域一体となった手作り感が好感を持たれ支持される要因の1つでもある。

 そして2010年・・・芸術祭開催年ではないため揃いのジャージ着用はなくなり、規模は多少縮小となったが、その人気は前回にも増して高くなっている。
 伊藤氏は今後、Tour de tsumariは「ステージレース」として開催することを断念してはいないようだから、条件さえ整えば将来当初の計画どおり本格的レースとして開催される可能性も残っている。